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社員を後継者にした中小企業の創業者(2)
   1人1億円を売り上げる少数精鋭企業、中野建築システム


 福岡の中野建築システム(株)はとてもユニークな会社である。
私もいろんな企業を見てきたが、こういう企業にはあまりお目にかかったことがない。
まず、創業者の中野龍之氏本人が、ついで組織形態がユニークである。

 私が初めて中野さんに会ったのはもう6年近く前になる。佐賀県武雄市にある若木ゴルフ倶楽部を舞台に経営側と、それに対抗する会員が組織した「守る会」が対峙しており、その闘いの過程を取材して欲しいという依頼だった。
 ゴルフをしない私にとって、この話は当初あまり気が進まないものだった。
ただ、紹介者の手前もあり一応話は聞いてみることにしたが、内心は断るつもりでいた。というのも、所詮は預託金の返還率をアップしろという話で、儲かると思ってゴルフ場の会員権を買った連中が当てが外れて騒いでいるだけだろうと考えていたからだ。
 私はこの手の話にはおよそ興味がなかった。
ところが、「私達は預託金を返せと言っているわけではないんです。ゴルフ場は誰のものなのか。会員から金を集めてゴルフ場を作って、それを会員に黙ってハゲタカファンドに売却したんです。そして再生と称して民事再生を申請し、会員の預託金を大幅カットする。こんなことが許されるようでは世の中に社会正義なんてなくなりますよ。ね、そう思いませんか」と熱く語る中野さんの言葉を聞きながら、この人は純な人だなと感じた。

 結局、引き受けるかどうか決めるのに少し時間をもらうことにし、取り敢えずその時は返事を保留したまま別れた。それから1か月ほど、全国のゴルフ場を巡る動きや、若木ゴルフ倶楽部のこと、会員の動きを予備取材し、再度中野さんと会い、彼らが何を目指しているのかを聞くことにした。
 会員によるゴルフ場の自主運営−−どうやら中野さん達の最終目標はそこに設定しているようだと分かり、これは社員、株主による企業再生と同じ構図ではないかと考え、それまでと一転して取材意欲が湧いてきた。そして執筆を引き受けたのだった。(若木ゴルフ倶楽部を守る会がどう闘ったのかは拙著「日本のゴルフ場が危ない!」(海鳥社)に詳述しているので、そちらを一読されたい。因みに中野さんは当時、「守る会」の事務局長であり、氏の類い希なリーダーシップで「守る会」は結束を誇りながら闘い続けたのである)

 これが縁で以来お付き合いをしているが、中野さんには会う度に驚かされる。
ある時など席に着くや否や、「いやー、困りましたよ」と言う。
「ねえ、聞いてください。うちは年商5億と決めているでしょ」
 さては今期の売り上げ目標が未達成なのかと思っていると、来期の売り上げ5億円が今期中に決まってしまったという。なにも困る話ではない。普通なら喜ぶ話のはず。なのに何が困るのかと思って聞いていると、「年商5億円以上はしない」と決めているのに、来期の売り上げ目標が今期中に決まってしまったから、来期をどうするか悩んでいるのだ。
 来期、仕事をすれば5億円を上回るのは確実。それでは自分が出した方針と食い違う。かといって1年間なにもせず遊ぶわけにもいかない、と。
 端から見れば贅沢な悩みである。
今期、目標を達成すれば、来期はそれに上乗せした目標を設定する経営者が多い中、氏はそれをしないのだ。「拡大主義は取らない」と明言している。拡大主義を取っているとバブル崩壊後に倒産していたに違いない、と自戒している。
 社員数も5人から増やさない。5人で5億円の売り上げを毎年維持しているのだ。1人当たり1億円を売り上げる少数精鋭集団である。

 ところで、なぜ、来期の目標額が早々と今期中に達成できたのか。
受注を狙っていた相手に朝駆け夜駆けの営業攻勢、あるいはゴルフのお付き合いを含めた「コミュニケーション」の結果、受注したという話は世に多いが、同社の場合一切そういうお付き合いをしないのが特徴。

 話はちょっと横道にそれるが、前述の若木ゴルフ倶楽部を守る会の闘いを記録した「日本のゴルフ場が危ない!」を上梓した後、暮れに中野さんからお酒が届けられた。この時はそれほどなにも感じなかったのだが、以来毎年のように送られてくるので、少々驚いた。何かで関係ができ、歳暮その他を頂くことはたまにあるが、それも1、2回だ。贈る方も贈られる方も、それで義理は果たしている。
 それなのに以後何年も贈ってくる人も珍しい。なんらかの利害関係でもあれば別だろうが、そういう関係は一切ないし、政治家でもないから個人的な利用価値もないはず。それでも建設関係の人は一般的に人の繋がりや人付き合いを大事にする人が多いから、会社から贈り先名簿で一斉に贈っているのだろう。もう名簿から削除してもいいのに、ぐらいに感じていた。
 それが昨年12月、久し振りにお会いし、会社の現状などを世間話を交えながら聞いている時、中元、歳暮の話になった。「目先の利益や、自分のことを考えていたらダメで、相手のためにしていると、不思議と仕事が舞い込んでくるんですよ」と中野さんが話していた続きだったと思うが、「うちは仕事の関係先には一切お歳暮などを贈りません。そんなことをしていたらキリがないし、そんなことで仕事など取れませんよ。皆勘違いしているんです。私が贈る相手は仕事関係がない、個人的なお付き合いをしている人だけです」と言われたのだ。この言葉を聞き、自分の誤解を恥じ入るとともに、改めて恐縮した。

 話を元に戻し、来期の売り上げ目標5億円がなぜ今期中に決まってしまったのか。「今度のビルは中野さんのところにお願いするから」と、顧客の方から連絡が入ったのである。言ってしまえば先方から舞い込んできたわけだ。受注先企業の仕事は過去何回かしており、先方企業とは顔なじみということはあるにしろ、黙っていて相手から仕事を発注してくれるには、それ相応の信用と信頼がなければできることではない。それはひと言でいえば仕事をしっぱなしではなくアフタフォローがしっかりしているということと、目先の仕事を追うのではなく、相手のための仕事をしてきたから得られたものである。
                                        (以下、次回に続く)


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