ホテル戦争の背景は福岡の活力と 進出するホテルの「お家の事情」
今回の取材を通じていえるのは「ホテル戦争」という言葉を嫌う業界関係者が多かったということである。なかでも苦戦が予想されるホテル側に過剰に反応する向きが見られた。 ところで、福岡で「ホテル戦争」が勃発した背景だが、一つには福岡という都市の活力が挙げられる。キャナルシティのオープン以後、東京の経済関係者が「福岡の活力を学ぼう」とツアーを組んで視察に訪れるほど、他都市から見ると福岡は活力に溢れている。天神とツインドームとキャナルシティを回るのがツアーコースらしい。福岡を訪れているのはなにも東京からだけではなく、九州各県はもとよりアジアからの観光・ビジネス客も年々増えている。さらにコンベンションの開催も増えている。こうしたことがホテルの建設に拍車をかけている要因である。 もう一つはホテル業界が経営革新の必要性に迫られていることである。例えばホテルオークラの福岡進出は地元財界の熱心な誘致によるのは事実だが、オークラにはオークラの、進出せざるを得ない「お家の事情」があるのだ。その「お家の事情」とは何か。 伝統、格式、サービスの面で日本を代表する二大ホテルといえばホテルオークラと帝国ホテルである。そこに勤めていることは従業員にとっても誇りである。であるが故に従業員の在社年数は長くなる。そのことは一方で職人芸的なサービスを生み出すが、もう一方ではポスト不足と保守主義による若手社員のモラールダウンを生み出している。さらに人事が停滞すればいつしか従業員は伝統の上にあぐらをかき、フレキシブルな発想ができなくなってくる。つまり人事の停滞が人件費の高騰を招き、組織の活性化を妨げているのである。いつしか名門ホテルも一般企業と同じように頭の古い管理職が増えてきたというわけだ。リエンジニアリングが必要となったのだ。 そこで解決策として取られた方法が他地域への進出である。新しくホテルをつくれば少なくとも支配人とそれに次ぐクラスの人材を何人か輩出しなければならない。当然その分ポストが空き、若手社員に昇進への道が開かれ、組織に活力が戻る。うまくいけば、若干人件費も下がる。つまり、どこかに進出することで人事の活性化ができるわけだ。さらにその機会にシステムを新しくすることもできる。 ホテルオークラも帝国ホテルもその必要に迫られており、まずオークラは89年に神戸に進出した。帝国ホテルも昨年大阪に進出。そして3年後のオークラの福岡進出も、こうした「お家の事情」と無関係ではないのだ。もはや名門ホテルも名門だというだけで生き残れる時代ではなくなっている。
パイは広がらず、競争が激化し 3年後以降に閉鎖するところも
さて、問題はホテルの急増に対してパイ(宿泊者総数)が増えるかどうかである。たしかに福岡ドームやキャナルシティなど魅力あるエリアが増えた結果、福岡市の集客力は高まっている。だが、94年に約2800室だったシティホテルの客室数は、シーホークとグランド・ハイアットの開業で1423室増えて現在では約4220室。このほかにビジネスホテルが福岡ワシントンホテルの423室、デュークスホテル153室が増えているから、シーホークの開業前と現在を比較するだけでも、シティ、ビジネス合わせて客室数は最低約2000室増えていることになる。 一方、九州自動車道の開通で九州各県は日帰り圏になり、宿泊の必要が薄れている。となると九州圏内からの宿泊者数の増加はそれほど見込めないだろう。では、関東・関西からの集客はどうかというと6月の航空運賃値上げが不安材料となり、やはりそれほどパイの広がりは期待できそうにない。総客室数の供給過剰感は否めないところだ。 では、今後ホテル業界はどうなるのか。ズバリ言えば、現状のままでは3年後以降に閉鎖するホテルが出てくる可能性が非常に高い。なぜ3年以内ではなく以降なのかの説明は後ほどするとして、現在、ホテルの客室稼働率は5年前のピーク時に比べて7ポイント近くダウンしているのが実状である。客室稼働率がダウンしているものだからシティホテルを筆頭に一部室料を値下げしたり、旅行代理店頼みで航空運賃とのセット販売を行う。その結果、表面上の客室稼働率はアップするが、逆に収益率はダウンしている。さらに宴会部門も厳しいものだから小規模宴会や単価が低いものまで無理して取るものだからますます収益が悪くなっている。 こうした状況はビジネスホテルも同じで、シティホテルがビジネスホテルの市場にまで食い込んできているため、より状況は厳しくなっている。福岡ドームや劇団四季の観戦券・観劇券をセットにしたパック商品の販売で活路を切り拓こうとしているが、その分野でもシティホテルと競合するし、客室稼働率を優先すればするほどますます収益が悪化するという悪循環に陥っている。シティホテルに近いビジネスホテルほどこの傾向が強い。この1月末で閉鎖したホテルリッチ博多の例はそのことをよく表している。 ところでなぜ3年以内ではなく3年後以降に閉鎖するところが出てくるのか。それは一つには3年後にオークラがオープンし、ホテル戦争がますます厳しい様相を呈してくるからである。二つ目にはキャナルシティの人気が2年目以降も現在の状態で続くとは考えられないからである。まずキャナル内では物販関係のテナントが最初に苦しくなると予想される。もしテナントの入れ換わりが目立つような事態にでもなればキャナル人気は急速にしぼみ、集客力が落ちるのは明らかだ。
ボーダレスから、棲み分けへ 経営革新が明暗を分ける
現在、ホテル業界が陥っている状況はかって流通業が経験した状況によく似ている。スーパーがデパートに「右にならへ」でどんどん大型化・総合化し消費者に見放されていった過程とよく似ている。自らの寄って立つ基盤を見失いデパートに少しでも近づこうとした結果、気が付いたときには消費者のニーズと乖離していた。それと同じことを知らず知らずのうちにホテル業界もしていたのだ。福岡ワシントンホテルの佐々木総支配人は従来のホテルに対し「客の求めているものと提供する側の意識が違ってきたことに気が付かず、逆にうちにふさわしい客が来るべきだという意識が芽生えていたのではないか」と批判する。客はホテルに何を求めているのか。どの層をターゲットにしているのか。その辺りのコンセプトをもう一度明確にする必要があるだろう。いままでのボーダレス思考から棲み分けへと戦略を切り替える時期に来ている。 もちろん戦略を切り替えただけでうまくいくはずはないので、同時にローコストオペレーションシステムに切り替えなければいつまでたっても収益の向上は望めないし、今後増えると予想されるスーパーホテル博多のようなカテゴリキラーに対抗できないだろう。リエンジニアリングに成功したホテルのみが3年後にも生き残れるのである。
データ・マックス刊「I・B」掲載(「IB」96年6月24日掲載)
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