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アニマ電子を倒産させたのは誰だ!(後)
花形ベンチャーであるが故の悲劇


  蝶よ花よと持ち上げられ、
 おだてられ、経営を誤る


 アニマ電子の「自己破産申立書」を入手して新たに分かったことがいくつかある。まず山本隆洋氏の経歴が前回書いた内容と違っていたことだ。筆者は本人の口から福岡大学工学部卒業と聞いていたし、本人が配布している履歴書にも昭和43年福大工学部卒業となっている。ところが、陳述書では同年福大商学部卒業となっている。同じ年に2つの学部を卒業することは不可能である。どちらが正しいかだが、裁判所への申立書に虚偽の記述をすることはできないから、やはり商学部卒業ということになる。察するに技術開発型ベンチャーを印象づけるために工学部卒業と経歴を詐称したのではないだろうか。こんな姑息なことをするところをみると、開発に関する話も全部鵜呑みにはできなくなる。
 次に自己破産に至る経緯が本人の口から具体的に語られていることである。それによると、同社は「技術力が高く評価され、国・県・民間から開発支援資金や補助金を受け」ると、ベンチャーキャピタル(VC)からも注目され、10数社から投資を受ける一方で、従来ほとんど相手にしてもらえなかった銀行からも「無担保による融資が簡単に受けられ」るようになり、その資金で事業をどんどん拡大していった。ところが、「業績は計画通りに上がら」ず、資金繰りが苦しくなっていったようだ。
 まさに筆者がちょうど1年前の12月、IB冬期特集号で「ついに始まった! ベンチャー倒産時代」と題した文中で指摘した通りである。関連する部分を引用してみよう。
 「成長性があるベンチャー企業のもとには10社近くの金融機関・VCが集中してくる。……その結果どうなるか。肥料のやり過ぎである。本来ならそこまでしなくてもいい設備投資をついついしたり、もう少しゆっくり走ろうと考えていたのについアクセルに力を入れてしまう。……将来有望であるが故に引き起こされる悲劇である。……九州でも将来有望な花形ベンチャー企業が現在この危機に遭遇している」
 第三者からは優良ベンチャー企業と見られていたアニマ電子も、花形ベンチャーを待ち受けていた罠からは逃れられなかったということだ。
 では、同社はいつ頃からこの罠にかかったのか。恐らく平成8年の春以降と思われる。なぜなら、同社は同年3月に「フクオカン・ベンチャー育成支援事業」適用第1号に選ばれ、1億円の社債発行のうち7,000万円の債務保証を県から受けている。その前後から金融機関の注目するところとなり、無担保融資が「簡単に」受けられ、資金的には多少潤沢になっていくからである。
 それでもまだ、春頃までは一応表面的には慎重な姿勢を崩していない。例えば筆者のインタビュー(平成7年11月)に対して、山本氏は「あまりお金を出したら努力しませんからね。失敗するケースの方が多いんじゃないかと思います」と答えている。また朝日新聞社のインタビュー(同8年4月7日付)に対しても「大きな金額を1社に出すより、少ない金額でも多くの社に出す方が効果的だ」と述べている。それなのに、やはり1億円近い金が入り、蝶よ花よともてはやされだすと、つい気が緩んでしまうらしい。「ブタもおだてられれば木に登る」の例えではないが、人間は3度もおだてられれば簡単にその気になってしまう。これが怖い。
 おだてた人間が悪いのか、おだてられた人間が悪いのか。もちろん最終的にはおだてに乗って経営の道を誤った本人が悪いのは明らかである。しかし、おだて、祭り上げた人間には一片の責任もないと言い切れるだろうか。


 コストダウンの成功が裏目に出
 勝算なき事業拡大へとひた走る


 それにしても入ってきた資金はどこに消えたのか。「陳述書」によれば「工場の増設、営業所の開設、社員の増員、研究開発テーマの増」など「事業拡大」を行ったとなっている。
 営業所は東京、大阪、福岡(博多駅南)の3カ所に、出張所を北海道、広島、四国、沖縄の4カ所に次々開設している。それに付随して約20人の従業員が80数人にまで一気に膨れ上がっている。リクルートを使って新卒10数人を一度に採用したのもこの頃である。おまけに糸島・二丈町の土地購入である。それらをすべて平成8年後半から9年にかけて行っているのである。この頃同社と接触した人は「勢いがいい会社だな」という印象を持ったようだが、以前から動きを知っている人間の目からすれば、もう完全に無茶としか言いようがない。
 果たして「事業拡大」の勝算があったのかとなると、これが非常におぼつかない。もともとTVセンサーの納入先は防衛庁や警察関係、それに自治体といったところだ。クリントン訪日の際に警察庁に20台売れはしたが、以後、警察庁が継続的に年間数台ずつ購入してくれるかといえば、それは期待薄だろう。となると、あとはせいぜい地方の警察本部が購入してくれる程度だ。そうしたことは分かっていたはずだ。それなのに、なぜ、営業所展開を急いだのか。
 実は平成6〜7年の円高の頃、海外で販売する計画があった。ただ、米国で販売するには価格が高すぎると指摘されたため、コストダウンを図り、それに成功している。社債1億円の発行もこのことと密接に関係している。結局、コストダウンを図るためにはある程度の量産が避けられないからだ。韓国で平成6年暮れから7年にかけて4,000〜5,000万円売れたことが海外での販売に自信を付けさせ、大量生産に踏み切ったようだ。
 もう一つは、当初価格の1/10にまでコストダウンできたことで新たな市場を開拓できると踏んだのだ。新たな市場とは高齢化社会、福祉社会をにらんだマーケットのことである。しかし、福祉関係の市場はまだこれからであり、そのことは冷静に分析すれば分かったはずだが。
 結局、マーケットがあるから営業所を展開したのではなく、コストダウンを図るためには大量生産(実際には大量発注)をしなければならない。今度は大量に生産された商品を販売するために高齢化・福祉というマーケットを創り出し、そこに向けて販売活動をしなければならなくなる。当初から計画に無理があっただけに「業績は計画通りに上がりませんでした」(陳述書)となるのは当たり前だろう。


 当初の販売重視の考え方が
 なぜ研究開発重視へと変ったのか


 ところで、同社が福岡を代表するベンチャー企業ともてはやされた理由はTVセンサーの技術力が高く評価されたからだけではない。技術開発型ベンチャーが陥りやすい弱点、つまり研究開発を重視するあまり販売をおろそかにするという姿勢がなかった(そう見えた)からである。
 例えば筆者のインタビューに対して「ものを発想するのは1%で、ものを作るのは10%、売るのは90%だと考えています。いくらいいものを作っても売れないことには商品じゃないんです。市場に出すんだったら売れる価格、売れる機能、そしてユーザーのニーズが入っているかどうかです」と応えている(平成7年11月)。
 また量産に関しても「商品開発が終わって一気に量産すればパッと売れるかというと、そんなことはまずないと思う。むしろ最初から量産してダッと売るのは大変危険な感じがします」と慎重な構えを崩していない。
 しかし、その後の同社の動きはまったく逆だった。九大の移転予定地の西側に約4,500uの用地を約1億5,000万円で購入し、延べ床面積約3,200uの2階建ての研究所を建設する計画を打ち出すなど、販売のことをまるで忘れてしまっている。もともと大量に販売できる商品ではないだけに、地道に販売する努力を怠り開発費に資金をつぎ込みだせば早晩行き詰まるのは火を見るより明らかである。1億5,000万円で一時の夢を見たというには、あまりにも払った代償が大きすぎる。


 ベンチャーをおだて、道を誤らせた
 行政側に責任はないと言い切れるか


 結局、同社が道を誤ったのも元を正せば平成6年に新事業育成貸付資金5,000万円を、同8年にフクオカン・ベンチャー育成支援事業の対象企業として7,000万円の債務保証を受け、多少なりとも手元に資金が入ってきたことがつまづきの一因といえなくもない。人間とは悲しいものだ。過去の幾多の歴史が証明しているにもかかわらず、前車の覆轍を後車の戒めとはできないものらしい。
 それにしても誰が彼をここまで焚き付けたのか。県に一片の責任もないとは言い難いだろう。少なくとも道義的な責任ぐらいはありそうなものだ。もちろん、悪意ではなく善意でしたことだろうが、担保能力に乏しいベンチャー企業に1億5,000万円もの土地投資をさせるなどはもってのほかと言いたい。ベンチャー支援を口にするなら、行政のPR的な使い方をするのではなく、逆にベンチャー企業が暴走しかかった時に止めるのが仕事ではないか。
 「無謀な投資はやめなさい、あなたが力を入れなければいけないのは販売です。まず営業利益を上げることです。初心を忘れてはいけない。まだまだ楽をしようとか、格好を付けたりすべきではないでしょう。研究開発はなにも九大の近くに位置しなくてもできます」
 どうしてこれぐらいのアドバイスができないのか。ベンチャー企業を取り巻く環境が厳しさを増してきているのを承知しながら、ベンチャー企業の親睦団体のような組織を発足させたり、移転する大学の近くに研究所建設を勧めるなどはもってのほか。7,000万円の債務保証を受けて、1億5,000万円の出費を強いられたみたいなもので、同氏にすればまるで高度なマジックでも見せられたような気持ちになっていたかもしれない。
 真剣にベンチャー企業を育成しようと考えてないと言われても仕方ないだろう。おだてに乗る方も悪いが、おだてて倒産させる方がもっと悪い。いっそおだてるならとことんおだてろと言いたい。ベンチャーの育成は子育てと同じである。おだて、甘やかすばかりではダメで、時にはきちんと叱ることも必要だ。


 粉飾決算を見逃した
 金融機関に責任はないか

 この8月にアニマ電子を訪れ、山本氏に会った時、「うちのようなところからも資金を引き上げるんですよ。結局5,000万円を返済させられました」と銀行の貸し渋りどころか資金回収の動きを嘆いていた。同社の資金繰りが悪化したのは、こうした銀行の貸し渋りによるところも大きい。
 氏自身、昨年の暮れ以降「一部の銀行から返済を強く求められるように」なったため、資金繰りが厳しくなってきた、と「陳述書」の中で述べている。さらに次のように続けている。
 「今年の3月の決算は実質は2億円近くの赤字でありましたが、赤字決算を出すと銀行融資が停止され倒産ということになります。そのため決算をなんとか黒字になるように処理しました」
 粉飾決算を認めているのである。
 「悪いと思いながら」も、そこまでして事業の継続を図ったのはセコム向けの「大型ビジネスが進行中」だったからであり、「開発の目処が立っていた」からである。同社の「年間売り上げに匹敵する大型の商談」だったというから、まさにビッグビジネス。いまさえなんとか乗り切れれば……と祈るような気持ちで粉飾決算に手を染めたに違いない。しかし、次の記述は見逃せない。
 「取引先の銀行団も当社の3月決算が不明瞭であることはうすうす感じていたようですが、大型商談が進行中であり、これがスタートすれば万事解決するとの期待で融資を継続しました」
 もし、これが事実だとすれば、取引先金融機関の責任は免れまい。結局7月スタートの商談は性能テストにパスせず、延び延びになりやっと11月25日に製品出荷。それも当初見込みの月産1,000台に遠く及ばず、わずかに100台。しかも、それ以降の正式注文も入らず、ついに銀行団が見限ったようだ。
 さて、アニマ電子倒産の経緯は以上見てきた通りだが、現在、筆者が最も恐れているのは、これを契機にベンチャー支援の気運が萎みはしないかということである。すでに県は融資先ベンチャーに対する経営チェックを強化する意向を打ち出しているし、VCも腰が引けてきている。ベンチャー支援は長期的に継続する必要がある。いま、そのことをもう一度再確認してもらいたい。


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