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飲み物一杯に現れる会社の姿勢

  急に冷え込んできたため体調を崩したり風邪を引いている人が増えてきたな、と思っていたら、不覚にも自分が風邪を引いてしまった。
夜遊びのせいではない。その逆である。
ここ数年(というより、もう10年くらいは)、品行はいたって方正で夜出歩くこともほとんどなく、仮に出歩いても大体12時前には帰るようにしている。
そんなわけだから、雑菌やウィルスに対しての免疫力がどんどん落ちてきている。
だから、たまに人混みの中に出かけると、すぐ雑菌やウィルスの類をもらってしま
う。
人付き合いは悪いのに、こういう付き合いだけはいいのだから、我ながら苦笑して
しまうが、病気になって初めて分かることもある。
 先日、義弟が突然やってきて、私が風邪で寝ていると分かると「あっ、移るから早く帰ろう」と言って、自分の要件だけ済ませるとそそくさと帰っていった。見舞いのひと言も発することなく。
大体こういうタイプは自分中心である。相手を思い遣るより自分を防御する思考が
先に働くのだ。でも、さすがに気が引けたのか、翌日電話をかけてき、「何か食べ物を買っていこうか」と言ってきたから、少しは相手を思い遣る気持ちも残っているらしい。同じことなら最初の時にそのひと言を言えばいいのだが、それができないから事業もそこそこにしかいかないのだろう。


 まったくこの逆で、思い遣りの心に触れたばかりか、人付き合いの秘訣みたいな
ものを教えられたこともある。
最近ちょくちょくお邪魔するN社でのことである。
行くと大抵2、3時間話していることが多いので、その間に飲み物が3回くらい出てくる。コーヒーだったり、紅茶だったり、お茶だったりと、大体2、3種類が色んな組み合わせで出てくるのだが、出てくるリズムが実にいい。
出してくれるのは20代の若い女性である。
 しかし、今どきの(といえば失礼だが)若い女性がそんなに気が利くわけはない。
社長の教育、しつけがしっかりしてしているのは言わずもがなだ。
ところが、この種のしつけはそこそこ名を知られた大きな会社でも意外に出来てな
いことが多い。
私などはお茶しか出ないと不安になる。
おかしいな。なぜコーヒーが出ないんだ。話がうまく言ってないのか。相手が退屈
しているのか。そんなはずはないよな。取材とはいえ、こちらが与えている情報や
アドバイスの方がはるかに多いはずだが、と妙なことにこだわってしまう。遊び心
である。自分の中でコーヒーが出るかでないかみたいな賭をしているわけだ。大外
れのこともあれば、大当たりのこともある。
 ささやかな楽しみだが、必ずしもそれだけでもない。先方の会社の心遣いとか社
員教育、社風みたいなものもついでに垣間見ているのである。


 すでに述べたことだが、このちょっとした心遣いが意外に大きな企業でもできな
い。というか、大きな企業程ちょっとした心遣いがなくなっていく傾向にある。
どうもそれは「商品を提供してやる」という意識が根底にあるからではないかと思
う。売ってもらう、買って頂くと、いう意識ではなく、売らせてやる、買わせてやる、という意識が長年あり、会社に出入りする人間はほとんどが取引先で、上下関係で言えば自分達が常に上の立場でものを言っているわけである。いわゆる接待は
されても、したことはないし、する立場でもなかったわけだ。当然、相手を思い遣
る心遣いなどは持ち合わせる必要もなかったのだろう。だから、いまでもそういう
体質が身に染みついている。
 ところが時代が変わったものだから、急にユーザーのためとか、消費者のためといった言葉を口にし出してきた。体はそちらを向いてないのに、口ではユーザーや消費者のためという言葉を発するからよけいちぐはぐになる。


 まあ、それはさておき、先程のN社でのことである。
「いやあ、風邪を引いたらしく、今日は喉が痛くて困りますよ」と、なにげなく私
が発した数分後に事務の若い女性が私に生姜湯を持ってきてくれた。
出された生姜湯を見て、最初に感じたのは、えっ、これなに、という驚きだった。
生姜湯を飲みたいと言ったわけでも、社長が生姜湯を持ってくるようにと指示した
わけでもなかったからだ。
彼女は隣の部屋にいたのだから、喉が痛いという私の言葉が聞こえたわけではないと思う。もしかすると咳払いぐらいは聞こえたかもしれないが。
まるでマジックを目の当たりにしたような感覚だった。
次の瞬間、私が思ったことは余程この子は気が利くんだね、ということだ。
それにしても、と不思議に思い、しばらくして、生姜湯が出た理由を尋ねてみた。
すると、ニコッと笑いながら彼女が答えたことは「社長からお出しするように言わ
れました」という返事だった。
 これにはまたまたビックリ。いつ、そんな指示を出したのか分からなかったから
だ。そんな素振りも見せなかったし。
だが、よく考えると一度、社長が席を立ったことがあり、そのわずかな間に生姜湯
を出すようにと指示をしたということだ。
実に清々(すがすが)しい心遣いである。された方もなんともうれしい。
しかも、帰り際には生姜湯を入れたポットと蜂蜜まで頂いた。


 それから10日余り後のことである。
思わず「うーん」と唸ってしまったことがあった。
私の風邪はよくなるどころか益々悪くなり、もうほとんど声が出なくなっていた。
でも、ちょっと電話しなければならないことがありN社に電話をした翌夕、N社の
社員から電話があり、テールスープを届けなさいと社長から言われて持ってきたと
言うではないか。それもすぐ近くに来てからの電話である。
わざわざ届けてもらったことに感謝もしたが、手渡された袋の中身を見て二度ビッ
クリした。
なんと大鍋ごと頂いたのだ。おまけに刻みネギまで付いていた。
ここまでの心遣いは余程気が利く彼女でも出来ないだろう。
 そういえば、最近は女性より男性の方がよく気が付いたり、心遣いをしてもらう
ことが多い。私の周囲だけだろうか。
 まあ、それはさておき、ここまで心遣いができる会社の業績が悪いはずはない。
過去、一度も予算をクリアしなかったことはないというし、驚くのは今期の予算を
期初にはすでにクリアしていたということだ。
どこを見てもいい話はないといわれる建設関連業界にあってだ。
安値受注もせず、接待営業もせず、正攻法で攻めながら、これである。
嫌味や下心が見える心遣いは不快以外の何ものでもないが、こういうさりげない心遣いをされると、この会社とは長く付き合いたいと誰しも思うに違いない。
小さくてもキラリと光る会社とはこのような会社のことである。


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