いま焼酎がブームである。それも芋焼酎に人気が集まっている。たしかに数年前から焼酎人気が高まり、一部で手に入らない銘柄も出ている。だが、いまはそれを通り越し、東京では焼酎バーまででき、人気を集めている。「幻の」という形容詞付きで語られるブランドもあり、それらはプレミア付きで売られているというし、近々1万円の焼酎も売り出されるらしい。では、いま、なぜ、焼酎がブームなのか。一過性のブームで終わるのか、それとも定着するのか。あるいはバブル人気なのか。焼酎ブームの背景を探ってみた。
<芋焼酎の出荷量が急増> 全国的な焼酎ブームは一度1980年代半ばに起きている。「いいちこ」や宝酒造の「純」が流行った頃だ。前者が乙類焼酎で後者が甲類である。この時は増税による販売価格のアップとともにブームは終わりを告げた。だが、その後チューハイが定着したことを考えると、支持されたのは甲類焼酎だったようだ。 対して今回は乙類の本格焼酎ブームらしい。「らしい」と書いたのはいまひとつ疑問を感じているからだ。しかし、雑誌が芋焼酎の特集を組んだり、焼酎バーなるものが出現し、それが人気だというから焼酎ブームなのは間違いない。実際、それを裏付ける数字もあり、鹿児島県産焼酎は今酒造年度(02年7月−03年6月)の売上高は初の700億円台を記録しそうだという。特に伸びているのが県外出荷で県内出荷の倍近い伸び率を示している。そのため鼻息が荒い醸造元もあると聞くが、それでもなおかつ、筆者は焼酎ブームと言われることに懐疑的であり、ある種の危険性さえを感じている。 その理由は後に述べるとして、今回の焼酎人気の背景を探っていくと、いくつかのキーワードが見えてくる。
<ライト志向> まず、ライト志向の流れである。地酒ブームの時、フルーティーで飲みやすいと女性や日本酒初心者に指示された吟醸酒もそうだったが、最近はライト感覚のものが受ける傾向にある。 それに加えて和食志向である。従来のファミリーレストランメニューが経営され、居酒屋メニューが支持されているように、消費者の和食回帰現象が見られる。ヘルシーであっさり系の和食に合う飲み物としてライト飲料の人気が出てくるのは当然の成り行きだろう。 こう書けば、甲類焼酎なら分かるが、乙類の本格焼酎の人気が高まっているではないか。これはどう説明するのだといわれそうだが、それは焼酎の飲み方にある。焼酎は日本酒と違い生のままで飲むことはあまりない。たしかにロックもあるが、ほとんどはお湯か水で割って飲む。結局ライトにして飲んでいるわけだ。 さらに果汁を加えたり、自分流にいろんなものとブレンドして味わえる焼酎の自由さも受けている要因の一つと考えられる。
<健康志向> その次が健康志向である。実は今回この側面がブームに大きく影響していると思われる。赤ワインが血液をサラサラにするとTV番組で放映されたとたんに赤ワインブームになったように、焼酎も血栓症の予防に効果があるとTV番組でやったものだから、一気に火が付いた。しかも、芋、ソバ、麦などの原材料そのものも健康にいいとあって、それまで焼酎党でなかった人々が急に焼酎を飲み出したのである。 こうした傾向は第1次焼酎ブームの時にもゴマ焼酎や人参焼酎等が開発されて注目されたが、当時と今では健康に対する関心度が比較にならないほど違っている。しかも、当時は一部の原材料だったが、今回は焼酎そのものが健康にいいというのだから、同じ飲むなら身体にいい焼酎をとなったわけだ。
<価格志向> 3番目が価格志向。増税で焼酎の価格的優位さは従来ほどではなくなったとはいうものの、それでも他のアルコール飲料と比較すればまだ安い。不況下ではこの安さは大きな魅力だ。価格と健康志向の両面で年配者だけでなく若者層にも受けたのである。
<韓国ブーム> 意外に見落とされているのが韓国ブームの影響である。韓国ブームと言えば数年前に石焼きビビンバが大ブレイクした。石焼きビビンバそのもののは下火になったものの韓国ブームの方は相変わらず続いており、韓国の焼酎、真露をはじめとした焼酎の輸入量は急増している。伸び率でいえば国産焼酎をはるかに上回っている。韓国旅行や韓国ブームで真露を味わった若い層が真露→焼酎へと流れたのである。因みに真露は甲類焼酎である。
<造り手の危機感と変革> もちろん、こうした要因だけでなく酒造メーカー側の努力もある。焼酎=安酒というイメージを打ち破るものを次々に開発し、市場に投入したのは酒造メーカーの若手経営者達である。税率のアップが危機感になり、彼らは新しいマーケットの開拓に向けて努力を続けてきた。商品的にはウィスキーと肩を並べられるものを指向し、低価格路線に決別し、「百年の孤独」に代表されるように高価格のこだわり商品等を市場に投入し、焼酎のイメージを変えてきたのも事実だ。
<ブームは定着するか> では、今回の焼酎ブームは一過性に終わらず定着するのかといえば、残念ながら筆者にはそうなるとは思えない。少なくとも乙類焼酎に関しては。 理由の一つはブームの裏に「気ままな消費者」が垣間見えるからだ。この気ままな消費者はその時々で根無し草のように動く浮動票みたいなもので、ボジョレヌーボ、地酒、赤ワイン、焼酎と、次から次に新しいものを求めて動いているのである。そのため、この「気ままな消費者」を実需と勘違いし、量産体制に入った途端にナタデココのようになる。 第2の理由は、今回の焼酎ブームが東京中心だということだ。そのことに非常に危うさを感じる。ご存じと思うが、乙類焼酎のマーケットは九州、それも南九州である。とりわけ芋焼酎は。これを打ち破ったのが麦の三和酒類、二階堂酒造やソバの雲海酒造である。「いいちこ」でさえ「一気に東京市場で広がったわけではない」と西会長は言っている。九州、中国、関西と順に市場を広げていったのだ。「乙類は関西で、いまでも関東は甲類市場」と鷹正宗の早田会長も言う。「東京でブームと言ってもちょっと郊外に行くと、圧倒的に甲類です」と、乙類の実需(小売店ベース)はせいぜい中心部だけだと指摘する。 つまり乙類焼酎ブームは上辺だけの薄っぺらいものだということで、それを実需と勘違いして生産体制をアップすればナタデココの二の舞になるのは目に見えている。 取り分け危険なのはサントリー、アサヒビールなど大手飲料メーカーの焼酎市場への参入だ。もともと乙類焼酎メーカーは小さな蔵元が多い。そんなところに大手資本が入り価格競争を仕掛けてくれば中小メーカーは一溜まりもない。 市場をさらわれるぐらいならまだいいが、ボジョレヌーボの時のように、焼酎バブルが弾けた時には大量に在庫を抱え込み、今度はそれをさばくためにタダみたいな価格で市場に放出してくる。いつの時代も大手が参入する頃はブームの終盤で、大手の参入がブームの終焉を早めているのだが、彼らはそのことに一向に気付こうとしない。 それにしてもなぜ、蔵出し価格3,000円の森伊蔵が2万円で売られるのだろう。こんな無茶苦茶なことを問屋、小売りが許しているから一過性のブームでしかなくなるのだ。いまのままなら焼酎ブームはあと2年、3年も持たないだろうというのが筆者の見方だ。
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