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パソコンは骨が折れる遊び道具


 私はモノにこだわるということがあまりない。
例えば車は○○にしか乗らないとか、コーヒーは絶対××だとか、着るものは△▽だというようなことがほとんどない。
もちろん全くないかといえばそうでもない。昔、学生の頃にコーヒーとタバコにこだわったことがあった。
 コーヒーショップで豆を指定してブレンド買いしていた。それをサイフォンで湧かして飲むのだ。そんなことを1年近くも続けただろうか。それがある時ふと違う考えが過ぎったのだ。なんで俺はこんなことに頭と時間を使っているのだろう。もっと他に色々することはあるのに、と。それで周囲を見回したらインスタントコーヒーという日本人が開発した世界に誇れる素晴らしいコーヒーがあることに気付き、以来、インスタントコーヒーにした。
 もともとコーヒーをサイフォンで湧かして飲んでいたのも、当時付き合っていた彼女の上品な趣味に影響されただけだから、もともと執着はない。
 ただ、タバコには少し凝った。シガレットを吸ったのと同時にパイプタバコを吸っていた。
 学生時代は四国の田舎だったが、当時、外国産の葉は四国では手に入らず、大阪に行った時に買ってきて吸っていたから贅沢といえば贅沢だ。
国産の葉は少し甘く、それをダンヒルとブレンドして吸っていたのだ。
パイプはタバコをやめるまで吸っていたから、結構長く吸っていたことになる。
吸い始めたきっかけは、イギリスの有名な数理哲学者ラッセルを真似たのである。
 私は卒業したのは哲学だが、入学した時は違っていた。いわゆる理工系というやつで、専門課程に進む時に転学部したのだ。そういうこともあり、当初、数理哲学をしていたラッセルに憧れていたからだ。


 最近では日本酒に少しこだわっていた。同じ飲むなら悪酔いしない酒を飲みたいと思ったからだが、2年前から日本酒はほとんど飲まなくなった。
理由は面倒くさいというか嫌になったからだ。
居酒屋で日本酒を注文すると純米・吟醸酒はまるでビールのように冷やしているし、純米酒をぬる燗にしてくれというと「これは冷やで、燗をするなら他にあります」と20代の酒のこともよく知らないような人間に飲み方までとやかく言われる。
とにかくなんでも冷やして飲むものだから辛口一辺倒になってしまい、酒の香りも味もありはしない。
いまでは日本酒=辛口が美味しいみたいな言われ方をしているが、私は本来、日本酒は甘口で飲むように出来ていると思う。特に燗を付けて飲むと少し甘口の方が絶対美味しいはずだ。
そう感じていたら有名なワインのソムリエ、田崎真也氏もどこかで同じようなことを書いていた。
まあ、それはともかく、酒ぐらい自分の自由に飲みたいというわけだ。


 ちょっと前置きが長くなったが、私の唯一の道楽とも言えるものがパソコンである。パソコンを始めたのは15年程前になるだろうか、まだMS-DOS3.3の時代で、その後DOS/Vの時代があり、Windowsへと続くのである。
最初に買ったパソコンはNECの9801UV2。3.5インチのFDDを搭載した2番目の機種ではないかと思う。当時はFDも8インチの時代で、パソコンに詳しい人間から、3.5インチのパソコンなんかダメですよ、とバカにされたものだ。
だが、私には絶対FDは3.5インチになるという確信みたいなものがあったし、なにより他のパソコンに比べて安かった。
 以来、現在までに購入したパソコンはノート・ミニノートも含めて11台。ほぼ1.5年〜2年置きに1台買っている計算になる。
最近でこそパソコン関連にかける金は少なくなったが、いままでに投資した金は結構な金額になる。一時パソコン貧乏という言葉が流行ったが、まさにその通り。
ハードにかける金もそうだが、なにより投下時間がバカにならない。
よせばいいのに、原稿に追われ忙しい時ほどパソコンをつつきたくなる。
仕事を終えてからすればいいのだが、ちょっと新しいソフトを入れてみたり、周辺機器を新たに繋いだりしたくなるのだ。
まるで新しい恋人にでも出会ったように、妙に気になるというか、それをしないと落ち着かないのだ。
というか、本当の理由は目先の仕事からの逃避だろう。
 その結果はいつも同じで、パソコンの設定に1日から2日、どうかするとさらに数日かかる。
とにかくすんなりとまともに動いたことがない。
そうなると寝ても覚めても気になり、夜中に起きてそのままパソコンと取っ組み合いなんてことがザラだ。


 DOSの頃もautoexect.batとかconfig.sysの中を書き換え、メモリーをいかに浮かすかなんてことをやっていたのだからバカだ。
その頃は真面目にテクニカルライターへの転身を考えた程で、パソコン雑誌にソフトの使い方を投稿したこともあった。
パソコンに費やした金の一部をパソコン関係の仕事で取り戻したいと考えたのだ。
 パソコンショップの店員から「栗野さんは中級ユーザーですよ」などという煽てに乗せられもしたし、自分でもそう思っていた。
 ところが、ある日「本業は書くことでしょ。ドライバーでメカニックではないんだからユーザーに徹したらどうですか」と言われ、はたと気が付いた。
そうなんだ。パソコンは仕事をする道具なんだ、と。
 でも、これがなかなかそう割り切れない。
いろいろ機能を追加したくなるし、新しいやつが欲しくなる。
実は今月も新しいやつが欲しくなり、ショップで検討したりHPを見て見積もりをしたりしている。
別に今使っているパソコンが使えないわけでも、役に立たないわけでもない。
充分現役だし、私が使う範囲で不満があるわけではない。
新しいものが欲しくなったきっかけはHDDの容量不足である。
デスクトップは13G、ノートは20Gで、ともにHDDの空き容量がなくなってきた。特にデジカメ画像が容量を食い、空きがなくなっているのだ。
そこで画像をCD-Rに移したり色々やっているのだが、そんな作業中にいっそ買い換えるか、という考えが頭の隅を過ぎったのだ。
一度過ぎるともう消えてくれない。その考えはどんどん大きくなるだけだから困ったものだ。


 比較検討中のパソコンはデスクトップで、メーカーはソーテック(現在の機種もソーテック)かプロサイド、フロンティア神代。価格はディスプレイなしで6万円台。
デルが該当するが、どうもあのごつい作りと色が好きになれない。
第一、メモリー、DVDドライブ、HDDの容量(最低80G)、CPUはセレロンの2.5G以上などと注文を付けていたら、どこのメーカーも10万円を超えてしまうのだ。
 で、最終的に出した答えがメモリー、HDDの増設、DVDドライブの買い換えである。いままでのパソコンも皆、この程度の改造はやってきたから問題はないのだが、HDD据え付けの空きベイがないためにHDDを入れ替えるか外付けにするかである。
使いやすいのは内蔵だからHDDは入れ替えたいところだが、中身を新しいHDDに移し替える方法がちと面倒なので、結局外付けにした。
外付けならバックアップ用にも使えるように120Gにした。
 ところが最近のHDDはUSB2で接続するタイプが一般的なのだ。しかし我がPCはUSB1.1でUSB2に対応していない。そのためUSB2に対応させたのはいいが、今度はいままで使っていたパーティションを切るソフトがUSB接続の外部HDDに対応してないので、対応しているソフトPartitionMagicを買ってと、結局なんやかんやで5万〜6万円の出費。おまけに一部メモリーが干渉し合ってパソコンの動きが変になったり、ドライバーを外したり入れたりしていたら、突然ディスプレーが16色表示になり、それを直すのに2日かかったりしたから、Pentium4 2.8GHzの最新機種に買い換えた方がよかったかも分からない。
どうせ年内にはいろんな理由を付けて買い換えるような気がするし・・・。
それにしても、いつになったらパソコンが家電製品並みに何も考えずにスイッチを入れるだけで使えるようになるのだろう。
この野郎、時間を返せ! と叫びたい。


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