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急増しだしたセルフスタンドの背景に
見える石油業界の苦しい裏事情(前)


 この1、2年、街にセルフサービスのガソリンスタンドが急増している。デフレと長引く不況の影響で低価格ガソリンに顧客が流れているせいばかりではない。過剰サービスを嫌がる客に、自分のペースでできるセルフ方式が支持されているからだ。しかし、セルフ方式のガソリンスタンドが増える一方で、ガソリンスタンドの総数は大幅に減少しつつある。一体、ガソリンスタンド業界で何が起きているのか。

特石法廃止後、急増したスタンドの転廃業

 石油業界が大きく変わりだしたのは1996年前後からである。この年の3月に特定石油製品輸入暫定措置法(特石法)が廃止され、元売りと呼ばれる石油精製業者以外の誰でもガソリンを輸入販売できるようになったからだ。さらに特石法の廃止と並行して「石油市場規制自由化のアクションプログラム」が作成され、ガソリンスタンドの設置規制などが段階的に撤廃されていった。いわゆる石油の自由化であり、これを機に異業種の参入が増え、競争力のない小売店は淘汰され、ガソリンスタンドは3分の2にまで減少するとさえ予測された。
 ところが、実際にはアクションプログラム通りには進まず、スタンドの数も予測ほどには減少しなかった。それは特石法廃止後、円安が進み製品輸入があまり増えなかったことや、バブル景気でガソリン消費量が増えたことが影響したからだ。
 それがここ数年、スタンドの転廃業が急ピッチで進み、年間約1,500カ所ほどのスタンドが消えている。ここにきてやっと競争原理が働き始めたからだが、この業界は長い間甘えの体質が支配的で、競争原理どころか一般的な意味での商売すら行われてこなかったほどである。

販売価格の決定は隣の看板価格?

 通常、どの業界でも仕入れ価格に適正利潤を上乗せして販売する。仕入れ価格を切って販売すれば赤字である。このことは小学生でも分かっている道理だ。ところが、ガソリンの末端小売価格決定にはもう一つの「ルール」存在しているのだ。それは競合スタンドが看板に表示する価格である。
 例えば福岡市南区柏原地区にはエッソ、九石、三光石油、JOMO等が軒を連ねているが、この地区で価格主導権を握っているのは三光石油である。他店は三光石油が看板に掲げる価格を見て小売価格を決めているのだ。
 セルフのスタンドはフルサービスのスタンドより小売価格で5円ほど安いのが一般的だが、ここではエッソのセルフスタンドと三光石油の小売価格が同じになっている。
 先日、セルフスタンドに価格表示がなかったので理由を尋ねると「三光石油さんが価格をまだ決められないので、こちらも決められないんです」とのこと。つまり、三光石油の看板表示を見て周辺のスタンドは小売価格を決めているというわけだ。
 一般的には価格主導権を握っているといわれる外資系のセルフスタンドでさえ、ここでは三光石油の看板を見て自店の小売価格を表示しているのだ。三光石油は元売りの系列に入らず、ノーブランドガソリンを安く仕入れ、低価格で売る小売り会社。以前からノーブランドのスタンドはあったが、最近増えている。小売価格は三光石油とエッソのセルフスタンドが同じ価格で、他店は1、2円高という価格設定で、完全にノーブランドのスタンドが価格決定権を握っているのがよく分かる。

健全な競争を阻んだ仕入れ値の事後調整

 本来ならそれぞれに仕入れ先、仕入れ価格が異なるから、小売価格も異なる。それを横並びの販売価格にすれば利益率が極端に少なくなるか、場合によっては赤字のスタンドも出てくるはずである。そこで業界で長年行われてきたのが仕入れ価格の事後調整である。簡単にいえば、リッター当たり100円で仕入れたガソリンに諸経費を上乗せして115円で販売していた。ところが、隣のスタンドが105円の価格を付けたので対抗上105円で販売した。これではリッター当たり10円の赤字になる。そこでディーラーに仕入れ価格を10円値下げしてくれるように事後に頼む。ディーラーはそのスタンドの実績や戦略拠点性等を考慮し事後調整に応じる。そして今度は、ディーラーが元売りに同じように仕入れ価格の事後調整を頼むわけだ。
 この驚くような「特殊ビジネス」によってスタンド経営は成り立っていたのだが、特石法の廃止を境に元売りが事後調整に応じなくなった上に、長引く不況でガソリンの販売数量が減少。さらに後継者難も影響して転廃業するスタンドが続出しだした。

建設コスト高がセルフを中止

 スタンド建設規制の撤廃で不採算店の廃止、郊外に大型店の建設などスクラップアンドビルドも積極的に進められた。都心の一等地にあるスタンドは上にオフィスビルを建設するなど敷地の有効利用が進められた。また、ショッピングセンターにスタンドを併設するなど新たな動きも見られたが、新規建設スタンドの大半はセルフスタンドである。
 とはいえ、セルフスタンドが急増しだしたのはこの2、3年。特石法が廃止された96年以降に急増すると思われたが、その時は一発花火的に増えはしたが、その後ほとんど増えなかった。最大の理由はセルフスタンドの建設コストが意外に高くついたためだ。
 当時、セルフはフルサービスのスタンドに対しリッター当たり5円安く設定することで顧客を取り込もうとしていた。この狙いは当たり、一定の顧客を掴んだのは間違いなかった。中でもうれしい誤算は女性客が予想をはるかに上回ったことだ。当初、女性はメカに弱いからセルフのスタンドには来ないだろうと考えられていたが、価格に敏感な主婦層が5円の価格差に飛び付いたのだった。
 ただ、利益率から見えればセルフのうまみは少なかった。危機感を抱いたフルサービススタンドが人件費の削減などコスト削減を進めた結果、コスト面でのセルフとフルサービスの差があまりなくなったのだ。このような理由からセルフスタンドの建設は一時ストップしたが、2、3年前から再び急増しだした。その背景については次回に触れる。


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