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パラダイムシフトが起きている(2)
「常識」破りの対応で、賛辞の嵐が起きた企業


 2月8日の新製品発表以来、賛辞が相次いでいる企業がある。以下に一部を紹介してみたい。
「新製品の発表に、涙が流れた事は今までありませんでした」
「イマドキ珍しい誠意を感じます」
「最近じゃこういう企業って無いですよ。見直しました、社長! 男気感じたよ」
「売りっぱなしにしない、しっかりとユーザーに目を向けるこの姿勢に心からの賛辞を送りたいです」
「ここまでユーザーの事を考えてくれる企業があるのかな?」

 確かにこの企業の対応は衝撃的だった。
私は「パラダイムシフトが起きている(シリーズ2)」を別の内容で書いている途中だったが、急遽変更して、この企業のことを取り上げることにした。

常識破り、50万円価格ダウン

 この企業とはレンズメーカーとしてよく知られているシグマである。
同社がデジタル一眼レフカメラの新製品を発表したのだが、それは昨年6月に発売した「SIGMA SD1」の後継機で名称は「SIGMA SD1 Merrill(メリル)」。
 このカメラの詳細な仕様は省くが、「SD1」は「デジタル一眼レフカメラとして最高解像度を誇る4,600万画素のセンサーを採用した画期的な製品」であり、発売当時各方面に衝撃を与えた。その一つに70万円という高価な実売価格もあったのは事実だ。簡単にいえば、価格も機能も一般向きではなく、一部のプロ向きだった。
 それから1年足らずで後継機の「SD1 Merill」を「機能、性能、仕様はそのままに、価格のみを大幅に改訂」して発売すると発表したのだ。そして肝心の価格は「20万円程度となる見込み」だというからカメラファンは一様に驚いた。

 最近、デジタル商品は発売数か月で値下がりすることはよく知られているが、それにしても1年足らずで50万円の値下げというのは聞いたことがない。
 後継機を発売する場合、2通りのパターンがある。
 1つは、同じ価格帯で発売するやり方で、この場合は機能を追加するか、機能のパワーアップを図るかが一般的だ。
 もう1つは、価格を下げて発売するやり方。ただし、この場合は一部機能を省くことが多い。同じ機能の商品を価格を下げて発売すれば、すでに前の商品を購入したユーザーから不満の声が上がるのは必死で、それが顧客離れにつながるからだ。

 今回、シグマが選択したのは常識外れの方法で、基本的に機能のダウンをせずに、価格のみを下げたのだ。それも50万円も。
 半額の価格設定をした企業でさえ聞いたことがないのに、70%OFFの価格設定だから誰もが度肝を抜かれた。そして、その後に待っていたのは1年足らず前に「SD1」を買った既存顧客からの激しいブーイング、非難の嵐、のはずだった。

40万円分、ポイントで還元

 しかし、巻き起こったのは冒頭のような賛辞の嵐だった。誰もが口々にシグマの対応を誉めそやし、中には感動の涙を流した人までいたのだ。
 それは新製品発表の案内と同時に、山木和人社長がホームページに以下のようなコメントを発表したからである。

 以下、抜粋して紹介する。
「本製品は、現行製品であるSIGMA SD1の機能、性能、仕様はそのままに、価格のみを大幅に改訂したものです。2012年3月の発売を目指して準備を進めておりますが、実勢価格は20万円程度となる見込みです」

「SIGMA SD1 MerrillはSIGMA SD1の最高画質はそのままに、価格だけを大幅に改訂しております。センサー自体の性能や特性は一切変わっておりません」

「すでに現行のSIGMA SD1をお買い上げいただいたお客さまには、大きな期待と決断をもってお求めくださったカメラとまったく同じ仕様の製品が、1年後に大幅な価格改訂のもとで発売されることについて、いかなる理由があろうともご納得いただけるものではないという点についても、重々承知しております」

「万難排してSIGMA SD1をお買い上げくださったお客さまは、とりわけ当社にとって特別な存在であると認識してまいりました。そうしたお客さまにわずかでもご不快やご懸念を抱かせる事態を招いたとすれば、それは、当社にとってまさに痛恨の極みであるといえます」

「現行のSIGMA SD1をお買い上げいただいたお客さまには、40万円相当の当社製品と交換できるサポートプログラムを検討しております」

 分かりやすくまとめてみよう。
1.1年近く前に実売70万円で新開発の製品を発売。
 当初目論んだ製造コストを大幅に上回ってしまい、この価格で発売せざるを得なかった。
2.それから約1年後、同じ仕様の製品を実売20万円台で発売と発表。
 製造コストの大幅削減が可能になったため。
3.既存ユーザーに40万円分のポイントを還元
 最初の製品を購入した顧客が不利益を被らないように当初価格との差額40万円を還元する予定。
 還元方法は同社製品を購入できるポイントで、2012年度末まで利用できる。
同社の現行製品だけでなく、今後発売される新製品にも利用可能。

 40万円分のポイント還元=40万円のキャッシュバックではないが、過去に例を見ない(少なくとも私は知らない)実に思い切った対応といえる。しかも、山木社長の文章は非常に誠意を感じられる書き方である。
 かつてこれほど誠意ある対応をした企業があっただろうか。それもユーザーから指摘される前に、自ら先んじてそういう対応を行った企業が。

顧客第一主義に立ち返った企業

 この発表を聞いた時、私の頭に浮かんだのは「先義後利」という言葉である。
日本の商人は利益追求を第一にしてきたわけではない。むしろ利益は後から付いてくると言われるように、顧客第一主義で商売を行なってきたのだ。
 それがアメリカ流のビジネス、金融資本主義が世界を席巻しだした頃、我が国ではバブル経済の頃から、顧客より自社利益を優先するような考え方がはびこりだした。その究極が「儲けることがそんなに悪いことですか」という開き直りであり、自社が、自分が儲けるためには手段を選ばないというモラルなきビジネスである。

 話は少し横道に逸れるが、資本主義は利益追求を是としているが、そこには一定の歯止めがかかっている。この歯止めをかけているのが宗教、西欧ではキリスト教である。シェイクスピアは「ヴェニスの商人」で「契約至上主義」を批判し、契約書通りの実行を認めたが、それはきっちり「1ポンドの肉」であり、それ以上でもそれ以下でもダメだし、ましてや契約書に書かれていない血の1滴も流してダメだと判決で言わせている。つまり法を認めながら、その実行は不可能な判決を下したのである。
 シェイクスピアがここで言おうとしているのは、近代資本主義的な考え方を認めつつも、そこに一定の歯止めをかける必要性である。
 キリスト教的な宗教観により一定の生活規範がある西欧社会と異なり、宗教が生活のバックボーン的存在たり得ていない日本社会では歯止めをかけるものがない分、極端に走りやすい。特に近年は。

 こうした現代社会にあって、今回のシグマの対応は企業とは何か、顧客第一主義とは何かを改めて考えさせてくれた。
 多くの企業がシグマに見習い、自社利益優先、自社第一主義のパラダイムを変換し、商売の原点に立ち返るよう願いたい。




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