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賢治のようにはなれないけれど(3)
〜「雨にも負けず」と「独行道」の類似性


「雨にも負けず」と「独行道」の類似性

 晩年、肥後(熊本)に逗留することになる武蔵が忠利に召された際、自らの身上を以下のよう手紙に認めている。
 「一、我等事只今迄奉公人と申候て居候処は、一家中も無之候。年罷寄(としまかりより)、其上近年病者に成り候へは、何の望も無御座候」
 いままでどこにも仕えたことがないし、年も取り、その上最近は病気がちでもあり、なんの望みもありませんと、まず冒頭で断りながら、以下自らの戦歴を記し、武具を工夫してきたと自らの功績を綴っている。ただし、これを自慢しているわけではないと断っているが。
 そして最後に「一、時により国の治様(おさめよう)」「御尋におひては可申上候」と認(したた)めている。
 日本人は謙譲を美徳とする。本当に言いたいことは最初ではなく最後に言う。最後に記したことこそ望み(何の望みもない、と言いつつも)なのだ。その望みが叶うことがなかったが故に、死に臨んで遺言という形で遺したのである。

 「独行道」はいつ頃作成されたものか明確には分からないが、死期が近くなって記されたのは間違いないだろう。賢治の「雨にも負けず」も似た状況である。
 両者ともに、そうありたかった(そう生きてきたという多少の自負もあったかもしれない)という願望が含まれていたのではないか。

賢治のようにはなれないけれど

 翻って我身を振り返れば、後悔ばかりが先に立つ。ああ、あの時こうすればよかった。もう少しやさしく接していればよかった、と。だからか、この頃弱者にやさしくなりだした。
 荷物を抱えて困っている人がいれば、寄って持ちましょうかと声を掛け、スーパーで上の棚を見上げているお年寄りがいれば、棚から取ってあげ、ホームレスの支援センターにアルミ缶やわずかばかりの物資を届け、賢治のようにはなれないけれど、残りの時間を静かに過ごしたい。そう考えだしたのは閻魔大王に見える頃が近づいているからだろうか。

 事において後悔ばかりをしてきたが、身に楽しみをたくまず、身ひとつに美食を好まず、世々の道に背くことなくきたつもり。
 しかし、「自他ともに恨みかこつ心なし」とはとても言えず、つまらぬことで怒り、「妻子とてもこれ無く、老躰に相成り候」身にもかかわらず、同居介護を申し出た相手を困らせる。ああ、賢治や武蔵の心境には程遠い我身の情けなさ。


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