三一歳の時に
「卒業認定書」を
書き、脱サラする。
ちょっと変わった会社である。まず社名からして変わっている。「ドゥイットナウ」といってもホームセンターではない。日本語に直せば「いますぐやろう」というような意味だろうが、この社名を聞いて「宅配すし」を連想した人はよほど業界に詳しいか、頭の回路がちょっと一般の人とは異なっているに違いない。
変わっているのは社名だけではない。社長の名前も変わっている。蔀(しとみ)である。ふりがなを打ってないと読めない人が多いのではないだろうか。その代わり、一度覚えると二度と忘れそうにない名前だから、もしかするとこの名前で随分得をしているかもしれない。
次に本人の経歴が変わっている。三一歳の時に「サラリーマン卒業認定書」を書いたと言う。普通、「認定書」は人からもらうもので書くものではない。それを「自分で書いた」と言うから、やはりどこか変わっている。書いてどうしたのか。会社を辞めたのだ。
「俺の人生、部長でいいのか、と考えた。やっぱり違う。社長にならなダメだ、と感じ会社を辞めた」
と蔀氏。
この時辞めた会社は日本マクドナルドで、彼はそこで部長だったのだ。その前は自衛隊のレンジャー部隊にいたこともあるというから面白い。
マクドナルドには一〇年在籍していた。その間に「一〇回転勤、六回転居」しているから、ほぼ一年ごとに転勤していたことになる。おかげで「南は沖縄から北は福井まで」知っていると笑う。
マクドナルドを辞めて、すぐいまの仕事を始めたわけではない。ファーストフードといえば分厚いマニュアルで有名だが、その経験を生かして、まず「マニュアルを作る仕事をした」。次がカセット販売の仕事だが、その仕事を始めた理由がまた変わっている。
「営業の経験がなかったので、営業をしてみよう」と考えたのだ。ただ、人とちょっと変わっているのは、その時「同じやるなら最も難しいものをやろう」と考えたことだ。生保の営業が難しいとか、カセット販売が難しいとか、いろいろ意見は出たが、その中から能力開発のカセットテープ販売を選んだ。「ここで営業の勉強」をする。初めての営業経験だったにもかかわらず、「一年後には日本一」の代理店になっているから、もともと営業センスはあったのだろう。
そのうち営業を教育・訓練するコンサルタント業を始めるが、頑張りすぎて数年後に体調を崩してしまう。なにしろ、とことんやらなければ気がすまない性格だけに、仕事にしろ遊びにしろ手を抜くということを知らなかった。結果が体を壊し、今度は借金を抱える羽目に。「まるでジェットコースターみたいな生活をしていた」と笑う。
「これではいけない。今度は虚業ではなく、日銭商売の実業をしよう」と決心し、始めたのが現在の宅配すしである。
すし屋がひしめくあう
福岡有数の激戦区に
あえて一号店をオープン。
店舗の名前は「ふく鮨本舗三太郎」。現在、福岡市内に二四店舗を展開している。そのうち二店がフランチャイズ店で、残りはすべて同社の直営である。つまり同社がフランチャイジーなのだ。
とはいえ、いきなり自社展開を目指したわけではなく、最初はどこかのチェーンに加盟して、と考えたようである。ところが、チェーン店本部の社長に会っていろいろ話を聞いたが、「どこも言ってることと実際にギャップがあった」。それなら「自分でやっちゃえ」と始めたわけで、宅配すしはおろか、すし屋の経験もない、文字通りゼロからスタートだった。
一号店は早良区有田。同地区は半径二`メートル圏にすし屋がひしめき合い、約二〇〇〇世帯に一軒すし屋があるといわれる、すし屋の激戦区。あえて、その地区を選らんで出店したのである。
「そこでもまれてダメなら、もうやらないという決意で開店した」
と蔀社長。
毎日一六時間働きずめに働いたが、それでも一年一〇か月間は自分の給料はゼロ。といって、売れなかったわけではない。一店舗で六五〇〇万円も売り上げていた。それなのになぜ、と思うが、理由は四五%と原価率が高かったからだ。ネタにこだわった結果である。お客さんには喜ばれたかもしれないが、売っても売っても利益が出ないのは当たり前である。
もちろん、それだけが問題だったわけではなく、ゼロからのスタートに付きもののさまざまな苦労もあった。それでも八か月後にはFC一号店ができ、さらに、その四か月後には直営二号店を、その二か月後には三号店というように次々に店舗を展開していく。多店舗化でスケールメリットを追求した結果、原価率は三年後には三七%、四年後の昨年は三二%、そしてことしは二八%にまで引き下げている。
客の手元に届いた時が
最もおいしいように
さまざまな工夫と努力。
一般的に宅配すし一店舗の月商は二五〇〜三〇〇万円といわれている。ところが同社は六〇〇万円と業界平均の二倍を売り上げている。それだけ人気があるのだ。人気の秘密はもちろんいい材料を使っているからだが、コストパフォーマンスがいいということもある。例えばマグロはオーストラリア、サーモンはノルウェー、フグは玄海灘、牛肉は佐賀牛というようにそれぞれ産地にこだわっている。
しかも商社やメーカー、産地から直接仕入れで中間マージンをカットしているだけでなく、「マグロの使用量は当社が九州一」と言うように大量に仕入れるからますます仕入れコストは下がり、その分同業他社に比べて安く提供できる。
それだけではなく、客の手元に届いた時に最もおいしくなるようにさまざまな努力と工夫が払われているのだ。価格帯からいえば一般のすし屋と大差はないが、「比べられると必ず勝つ」と蔀社長が自慢するのも道理である。昨年の福岡国際マラソンの時には地元放送局のKBCが同社の宅配すしを大量に注文していることでもうなずける。
いま宅配すしは全国的にブームである。福岡でも同業者は増えているし、全国でFC展開をしている大手の宅配すしチェーン店も福岡進出を狙っている。しかし、蔀社長は競争には絶対勝つと断言する。
FC店と直営店では社員の士気も質も違うのが一点。また最後は資金力の差になるが、直営の方が資金力で勝れているのが二点目。FC店は本部の方針に縛られて、例えば値引き販売もできないが、直営の場合、そのあたりの戦術を柔軟にとることができるのも大きい。実際、同社では「太巻き一本五〇円」とか「スカイマークエアライン応援セール」などと名打った値引き販売をよく企画している。
柔軟な戦術と優れた企画力。これが同社のすし人気、躍進の秘訣の一つだろう。だが、一つだけ挙げるとなると「自分で作ったものを自分でおいしいと思って食べられるか」という方針ではないだろうか。
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